コラム

星新一が教えてくれたイノベーション

OKIソフトウェア DX-新事業推進統括部の松山です。
当部は社内での新規事業の開拓や、技術者の育成、イノベーション活動の推進を主に担当していますが、そういう堅いお話は他の方に任せて、日頃の生活で思う事や、本や映画から感じた事をゆる~く書かせてもらおうと考えています。仕事の合間の息抜きにでもなれば幸いです。


無料の電話機


星新一『盗賊会社』(新潮文庫刊)

SFショートショートの大家である星新一の「盗賊会社」と言う本に「無料の電話機」と言う話が集録されています。作品が発表されたのは日本が経済大国への道を突き進む昭和43(1968)年で、この年に電話の加入者数は1100万件を超えます。しかしこの頃の電話は、まだ高級品で月額基本料金が700円、市外通話は東京・大阪間で4秒7円、たとえば東京から大阪に3分間通話すると315円となります。その他に固定電話を新たに設置する場合は債権を含めた架設料が約16万円かかりました。ちなみに当時の国鉄初乗り運賃は30円、大卒初任給は3万円程でしたので、相当な高額である事がご理解いただけると思います。

「無料の電話機」は、無料で使える代わりに、会話の途中にコマーシャルが割り込んでくるという電話機をユーモアを織り交ぜながら書かれています。

その時、受話器のなかに、エヌ氏のでも相手のでもない、第三の声が流れた。若い女性の魅力的な声だ。
〈この電話は、バブ広告社が一切の料金を負担し、無料でございます。ご遠慮なく、ごゆっくりと通話をお楽しみください。しかし、そのかわり、途中でコマーシャルを入れさせていただきます〉
(中略)
「おい、貸した金はどうしてくれるのだ。約束の期日は、とっくに過ぎたのだぞ。あんなにかたく約束したではないか」
「……」
「おい、なんとか言ったらどうだ。聞いているのか。聞こえているのか」
エヌ氏はもっとしゃべり続けていたかったのだが、中断せざるをえなかった。コマーシャルがはじまったのだ。
〈補聴器でしたら、品質の優秀さを誇る青光電機の製品をどうぞ。低音から高音まで、忠実に増幅する超小型の……〉
出典:星新一著「無料の電話機」(新潮文庫刊『盗賊会社』所収)

これを読んで、皆さんは「オヤッ」と感じませんでしたか?似たような体験を日々しているのではないでしょうか。スマホやタブレットでマンガを読んだり、ゲームをしたりしてもコマーシャルを見ると無料、動画サービスもコマーシャルを見れば無料。昨日検索サイトで検索したワードと関連したコマーシャルが、今日はSNSで表示されるようになる…

スマホも携帯も無い、電話ですら3軒に1軒程度の普及率だった50年以上前に、電話の会話をリアルタイムに分析して、会話に沿ったコマーシャルを入れる、その代わり電話の利用者は無料で使えると言うビジネスモデルを考えた星新一ってスゴイ!と単純に思ってしまう私なのです。

装置の時代

同じ「盗賊会社」に集録されているお話をもう一つご紹介しましょう。タイトルは「装置の時代」と言います。この話しの中で、人々の生活は多くの装置の登場によって、考えられない程便利になった世界が描かれています。朝起きてから寝るまで、人々は多くの装置に囲まれて生活し、様々な利便性を享受しています。

朝、ベッドのなかで目をさましたエヌ氏が、枕から頭をあげると、耳についているイヤリング状の小さなスピーカーがささやいた。
〈おはようございます。あなたの睡眠は充分でございます。きょう一日を、元気でおすごしください〉
スピーカーが枕のなかの装置からの連絡を受け、睡眠の度合いを知らせてくれるのだ。睡眠不足の時はそれを注意してくれるし、眠りの浅い時には、どんな薬を飲んだらいいか教えてくれる。
たしかに便利だ。こんなものができるとは、むかしの人は考えもしなかったろう。
出典:星新一著「装置の時代」(新潮文庫刊『盗賊会社』所収)

この話の中には、面白い装置が数多く描かれています。テーブルに並んだ食品を判別して栄養のバランスを判断する装置や、排泄物を検査して健康状態を分析する装置までありますが、この話の中で私が最も興味を持ったのは、やはり電話でした。

トイレから出ると、電話がかかってきた。
「もしもし……」
おたがいに声をかけあう。電話機に接続したそばの小さな装置は、電話の相手の名前と顔写真とを、スクリーンの上にうつし出している。
出典:星新一著「装置の時代」(新潮文庫刊『盗賊会社』所収)

これは、今のスマホでは当たり前になった機能ですが、実現方法が少し異なります。現在のスマホが発信者番号を読み出して電話帳データと比較し、そこに記録された氏名や写真を表示するのに対して、この話しの中では相手の「もしもし」の声を分析して記録された情報を表示するという仕組みになっています。この話が書かれた当時に発信者番号通知なるサービスは存在しなかったので、声を分析するというアイデアになったのでしょうが、声を分析して発信者が特定できればオレオレ詐欺のような犯罪を未然に防ぐ事ができます。考えてみれば星新一の描いた世界は50年以上後の我々の生活と比較しても、なお半歩進んでいると言えるのではないでしょうか。

温故知新

いかがだったでしょう?新商品や新サービス、イノベーションと聞くと、どうしても目を未来に向けて、革新的なアイデアやテクノロジーを思い浮かべてしまいますが、過去に目にした小説や映画を見返してみると、未来に繋がるヒントが転がっているかもしれません。まさに「故きをたずねて新しきを知る」ですね。

【協力:星ライブラリ、新潮社】

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